7つの物語 - 第5話

宇治茶を育てるということ

育てるのは手摘みの一番茶だけ

美味しいお茶をつくるにはまず、よい茶樹を育てること。奥ノ山茶園では、昔ながらの「自然仕立て」という栽培法で今もお茶を育てます。

夏ともなると、茶樹は人の背丈ほどに成長し、自由に枝を伸ばします。よく見るかまぼこ型に刈り揃えられた茶畑とはだいぶ異なる景色です。抹茶や玉露を育てるときの覆い下栽培は光をさえぎり、茶葉の成長を妨げるもの。だからこそ本来の生命力を生かし、強い木に育てておくことが大切なのです。

自然仕立ての茶園とかまぼこ型の茶園とで、大きく異なるのはお茶の摘み方。それがお茶の品質を大きく左右します。

現在、多くの産地では機械で茶葉を収穫します。機械で一気に刈り取るため、便宜上、あのようにかまぼこ型に均一に揃える必要があるのです。また昨今では、新芽が出るたびに二度、三度と収穫するところも少なくありません。収量こそ多くはなりますが、茶葉は摘むごとに固くなり、香りやうまみも減っていきます。

対して自然仕立ての茶園では、春に芽吹いた新芽だけを手摘みします。覆い下栽培で育てた新芽は柔らかく繊細で、手で茎を軽くしごくだけですっと摘み取れます。その透き通る緑の内側には、冬の間に蓄えられた養分がたっぷりと含まれ、奥深くまろやかな味わいを生み出します。とくに抹茶は、粉末にした茶葉をそのまま飲むもの。だからこそ雑味のない、うまみが凝縮された手摘みの一番茶が最良なのです。

丁寧に一葉一葉新芽だけを摘み取る手摘み

こだわりの覆い下栽培

茶園の仕事には、休む暇がありません。剪定し、肥料を入れて耕し、雑草や乾燥を防ぐための藁を畑に敷き、一年を通じて手入れは絶え間なく続きます。

春が訪れると、いよいよ収穫の準備。一番大事な作業が「覆いがけ」です。

「覆い下栽培」の覆いは通常2枚かけるところ、私たちは3枚かけます。最初は3月終わりから4月にかけ、霜除けのための覆い。次は4月半ば頃、日光を完全に遮断するために、目の細かい覆いを天井と側面にかけます。

新芽が出る時期、本来ならば、お茶は根からぐんぐん養分を吸いあげて光合成をし、お茶の渋みや苦みのもとであるカテキンやタンニンを生成します。そこで光をさえぎると、うまみ成分であるアミノ酸のテアニンがそのまま養分として葉に蓄えられ、葉は少しでも光を取り込もうと葉の表面積を広げます。その結果、柔らかく薄く、うまみと甘みが濃い新芽が育つのです。また「覆い香」という、磯の香りと表される独特の香りをお茶がまとうのも覆い下栽培ならではです。

加えて当園では、お茶を摘む1週間ほど前の頃合いを見計らい、三枚めの覆いを入れます。

一、二枚めは、寒冷紗という黒い幕を使いますが、三枚めは藁を編んだ菰(こも)。かつての覆い下栽培は、琵琶湖の葦を編んだ葦簀(よしず)の上に稲藁をのせて覆う「本簀栽培(ほんずさいばい)」でした。本簀栽培は、雨に打たれた覆いから、稲わらの香りがほんのりと茶葉に移り、風味が増すのが特徴。その状態に少しでも近づけるため、私たちはひと手間をかけています。

寒冷紗による覆い下栽培
藁を編んだ「菰(こも)」を被覆する当園独自の三段被覆

そして、立春から数えて八十八日目。八十八夜と呼ばれる頃、覆いのなかがむせ返るようなかぐわしい匂いに包まれたら、柔らかな新芽だけを手でやさしく摘み取ります。

お茶には「摘み旬」というものがあります。とくに碾茶の場合は「後先(あとさき)三日」といい、芽の成長が止まった3日以内に摘まなければなりません。早ければ尖った味になり、遅ければ凡庸な味になってしまう。形、色艶、香り、味が最高に熟したときを見極め、お茶摘みさんたちを総動員します。そして一葉一葉、丁寧に新芽だけを摘み取り、その日のうちに製茶場に運び、お茶づくりに取りかかります。

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